まあべるの病院モバイル遍歴
わしは不治の病に侵されているので病院とはいやな付き合いを一生しなければならない。
入院生活というのはひまなものだ。
特に見た目は五体満足なのでリハビリも何も無いわしには。
で、当然パソコンなんぞは非常にありがたいのだな。
最初期
前の病院だから昭和の終わりごろ。1988年ごろか。
今やったらトンデモないのだが、430MHzのハンディ機に12V電源、TNC(タスコのTNC-μ21)にエプソンのワードバンクノート(A4サイズのワープロ)を持ち込んでパケット無線をやっていた。
当時はFWD-NETも元気だったので既に病室から全世界にメッセージ送信が出来たのだな:->
すごいものだ。
1200bps半二重だ。
グレ電時代
今の病院になって3回目ぐらいの入院。1994年ごろか。
グレ電、要はISDN公衆電話が導入されたのでNEC PC-9801NS/Eにオムロンの9600bpsのポケットモデムを繋いでパソコン通信をやっていたのだな。
これはかなり長い期間だ。
NIFTY-Serveが主だった。今でもだけど。
もちろん公衆電話まで持っていくのだな。
こっそりコンセントを借用したのはひみつだ。
土曜の夜には1時間ほどチャットもしたりして。
昔は1分10円とかじゃなくて固定電話と同じレートだから50度数のカードでかなり使い出があった。
もっともニフティの方が固定料金になかなかならなくて課金が怖かったが。
1995年ごろは大阪にuucpで繋いでネットニューズやインターネットメールのやり取りをしていたが、uucpなんて今や誰も知らんわな。
HPにはそのころの名残(といってもover TCP/IPだが)がある。
ICカード公衆電話+赤外線通信
1999年ごろはウルトラマンPCと内蔵IrDAでICカード公衆電話に64Kbps接続をしていた。
今思えばこれが一番小さかったな。
のろいマシンなのであまり長くは続かず。
ちなみに何をしていたかといえば無料だったヤフオクでせり落しとか。
PHSカード
2003年はDDI-PにPHSカード ネット25契約だ。
カードを手で隠せばまあまあ隠蔽可能だが、遅くなる。
何もしなくてもLAN接続
今回はついにブロードバンド100Mbpsだ。
1日300円はきつい。
マシンは東芝のLibretto L2。
CQ HAM RADIO 2000/4の記事は全部病床で執筆したものだ。
我ながらよくやったものだ。
逆に言うとこんなの会社にばれたら仕事させられるので黙っているのだな。
2000年に大腸部分切除をしたが、術後5日目ぐらいにはグレ電まで歩いて繋いだ記憶が。
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